生きている事とは何か?それは誰かに必要とされる事である。

「「昨日、急に休んでどうしたの?体調が悪かったの?」って、

お客さんが、声をかけてくれたんですよ。

私の勤務日を覚えていてくれたって、

うれしくなったの。

まだ、入社して、間もないのに、

働いていてよかったと思ったわ。」

 

いつも当たり前のように、行っていることに対して、

疲れた心を励ましてくれる、言葉があります。

では、必要とされることとは何でしょうか?

それは、

  • 自分の存在を再認識できる。
  • やさしい心を感じられる。

です。

 

それでは、

20世紀のカトリック教会の聖人、マザー・テレサの言葉と一緒に、

必要とされること」について解き明かします。

 

1   マザー・テレサは、「terrible disease」の中で述べています。

だれからも必要とされないという病気は、

喜んで差しのべられる奉仕の手と、

愛するための

愛の心があるところでない限り、

癒されたことはないと、

わたしは思います。

 

マザー・テレサ いなますみかこ訳

『マザー・テレサ日々のことば』 女子パウロ会

2009年 260ページより引用

 

2   自分の存在を再認識できる。

必要とされると、自分の存在を再確認できます。

なぜなら、誰かの役に立っていると感じるからです。

 

必要とされると、仕事でも、ボランティアでも、

自分の意志で、自分の信念に従って、行っていることが、

無駄な行為でなかったと思えます。

自分の行動に、自信と誇りを持てます。

 

自分の存在が、自分以外のところにも存在します。

 

3   やさしい心を感じられる。

必要とされると、人のやさしい心を感じられます。

なぜなら、がんばりを認めてもらい、

疲れをねぎらってくれるからです。

 

一言、声をかけてくれる、短文の電子メール、

メモ書きのメッセージ、励ましの伝言、お礼の電話、

季節外れの絵葉書、差し入れのお菓子。

受け取った時、やさしさに心が救われます。

 

やさしさを受け取り、心が休まります。

 

4   必要とされることのまとめ

マザー・テレサの言葉と一緒に、

必要とされること」について解き明かしました。

 

必要とされることとは、

  • 自分の存在を再認識できる。
  • やさしい心を感じられる。

 

です。

 

幸福な気持ちが、私達の心に、

やすらぎを与えますように。