会えなくなった人を思い出す?大切な人の存在を感じる。

「あれ?この年越しそば、

つゆの中に、しめじが入っているね。

しょう油味で、おいしいよね。

そばつゆで食べるより、具が多くて、好きなんだ。

久しぶりに、この味、思い出したよ。」

 

ちょっとした出来事で、会えなくなった人を

思い出すことがあります。

肉体は無くても、存在の影は、はっきりと見えます。

では、存在の残像とは何でしょうか?

 

それは、

  • 情景の中に存在する。
  • 心を奮い立たす時に現れる。

です。

 

それでは、

江戸時代の僧、良寛の言葉と一緒に、

存在」について解き明かします。

 

1   江戸時代の僧、良寛は、「病気のとき」の中で述べています。

ボクを見限って、

どこにいってしまったのか、

有願の間もなく、

冥府に帰ってしまった。

誰もいないベッドに枕が一つ残っているだけで。

 

柳田聖山訳 『良寛道人遺稿』 中央公論新社

2002年 50ページより引用

 

2   情景の中に存在する。

存在の残像は、ある情景の中にあります。

なぜなら、粒子になって、情景の中に散らばっていた残像が、

心の中で、映像を呼び出すからです。

 

その人は、その場にいなくても、

情景の中に、大きなエネルギーとなって、

その存在を強く感じます。

懐かしさ、うれしさ、悲しさ、甘酸っぱさ、

感情の音楽が、演奏されています。

 

存在の残像は、情景の中に散らばって光っています。

 

3   心を奮い立たす時に現れる。

存在の残像は、心を奮い立させる時、映し出させます。

なぜなら、存在の残像は、

心を強くしたい時、自動再生されるからです。

 

自動再生機能は、がんばって生きている時、作動します。

何度でも、同じやさしさを与え続けて、再生します。

気持ちを強く持って、進めそうな気分になるように、

やさしく応援し見守ってくれます。

 

存在の残像は、心をやさしく応援してくれます。

 

4   存在のまとめ

良寛の言葉と一緒に、

存在」について解き明かしました。

 

存在とは、

  • 情景の中に存在する。
  • 心を奮い立たす時に現れる。

です。

 

幸福な気持ちが、私達の心に、

やすらぎを与えますように。