多すぎる興奮は、感覚麻痺を引起す。興奮は適度に求めよう。

「夢中になれるんだよね。

起きている間は、暇があれば、ゲームやっているよ。

ゲーム機は、任天堂もSONYもマクロソフトも、

全部あるよ。

最近は、スマホでゲームだね。どこでもゲームができるよ。」

 

興奮できる楽しみは、時間を忘れ、没頭してしまします。

そして、興奮の刺激から抜け出せなくなります。

では、多すぎる興奮とは何でしょうか?

 

それは、

  • 興奮するための閾値が上がり、興奮できなくなる。
  • 興奮できることから、抜け出せなくなる。

です。

 

それでは、

19~20世紀のイギリスの哲学者、ラッセルの言葉と一緒に、

「多すぎる興奮」について解き明かします。

 

1   イギリスの哲学者、ラッセルは、『幸福論』の中で述べています。

多すぎる興奮は、健康をむしばむばかりではない、

あらゆる種類の快楽に対する味覚をにぶらせ、

深い全身的な満足をくすぐりで置き換え、

英知を小利口さで、

美をどぎつい驚きで置き換えてしまう。

 

ラッセル著 安藤貞雄訳 『幸福論』 岩波書店

1991年 68ページより引用

 

2   興奮するための閾値が上がり、興奮できなくなる。

多すぎる興奮は、興奮することを妨げます。

なぜなら、感覚が麻痺してしまい、

興奮を興奮と認識できなくなるからです。

 

興奮できる楽しみを、体験している最中でも、

新しい興奮を探してしまいます。

興奮できるだろうと、事前に頭で考えていても、

興奮できません。

 

多すぎる興奮は、楽しむことを妨げます。

 

3   興奮できることから、抜け出せなくなる。

多すぎる興奮は、興奮することに依存してしまします。

なぜなら、多すぎる興奮は、満足するため、

興奮を求め続けるからです。

 

心は、ずっと興奮の刺激を受け続けているので、

心が、興奮以外の刺激を受け付けなくなります。

そして、興奮を手に入れても、楽しむ時間を捨て、

また、次の新しい興奮を求めます。

 

多すぎる興奮は、興奮から抜け出せなくなります。

 

4   多すぎる興奮のまとめ

ラッセルの言葉と一緒に、

「多すぎる興奮」について解き明かしました。

 

多すぎる興奮とは、

  • 興奮するための閾値が上がり、興奮できなくなる。
  • 興奮できることから、抜け出せなくなる。

です。

 

幸福な気持ちが、私達の心に、

やすらぎを与えますように。