自分の努力が無意味に感じてしまう?赦すことの難しさ。

「今まで、地道に活動してきて、

あれほど勧めたのに、断っていた、あの人。

昨日、テレビ番組での特集を見て、

急に協力するって、伝えてきたんだよ。

どう思う?」

 

一生懸命活動している途中で、

自分の努力が、無意味に感じるような出来事があります。

それを赦して、活動を続けていくことは、

とても難しいことです。

では、赦すこととは何でしょうか?

 

それは、

  • 対象の存在を認める。
  • 過去の出来事を恨まない。

です。

 

それでは、

新約聖書の言葉と一緒に、

赦すこと」について解き明かします。

 

1   新約聖書の中から。(ルカ福音書 第15章 31-32)

まあまあ、坊や、

お前はいつもわたしと一しょにいるではないか。

わたしの物はみんなお前のものだ。

だが、喜び祝わずにおられないではないか、

このお前の弟は死んでいたのに生きかえり、

いなくなっていたのに見つかったのだから。

 

塚本虎二訳 『新約聖書 福音書』

岩波書店 1963年 238ページより引用

 

2   対象の存在を認める。

赦すことは、対象の存在を認めることから始まります。

なぜなら、対象を記憶から消し去ることは、

できないからです。

 

最初から、対象を無条件で、全面的に受け入れることは、

心のバランスのとり方が難しいです。

まず、感情を封印して、存在を認めることから始めます。

 

存在しないものを、赦すことはできません。

 

3   過去の出来事を恨まない。

赦すことは、過去の出来事を恨まないことです。

なぜなら、恨みが残っていると、

怒りや憎しみが次々と現れるからです。

 

過去の出来事を忘れることはできません。

しかし、過去の恨みを持ち出して、

現在を攻撃することは、避けなければなりません。

恨みが新たに恨みを生み出し、

悲劇が繰り返されてしまします。

 

赦すことは、恨みを放棄することです。

 

4   赦すことのまとめ

新約聖書の言葉と一緒に、

赦すこと」について解き明かしました。

 

赦すこととは、

  • 対象の存在を認める。
  • 過去の出来事を恨まない。です。

幸福な気持ちが、私達の心に、

やすらぎを与えますように。